みかちゃん

海外にはこんな鉄塔も
海外にはこんな鉄塔も

 ときおり、脳裏に浮かぶ光景がある。

 塀のない正方形の小さな家。窓からのぞくと女の人が畳に座ってじっと前をみつめている。視線の先には何もない。そもそも、その部屋には家具もカーテンもない。

 ここは「みかちゃん」の家だ。だから、座っている女の人はたぶんみかちゃんのお母さんだ。

 「みかちゃん、いますか?」と窓越しに声をかける。聞こえないのか、みじろぎもしない。もういちど「みかちゃん、いますか」と訊く。お母さんは彫像のように固まったままだ。私はあきらめて、家の周りをぐるっと回る。玄関をみつけて、「みかちゃーん」と呼ぶ。何度も呼ぶ。ただしーんとして、声を出してはいけないような気持ちになる。ふっと空を見上げると、頭の上に銀色の巨大な鉄骨が伸びていた。                   

 

 みかちゃんの家は送電鉄塔の真下にあったのだ。鉄塔の足もとで、口をぽかんと開けて上を見ている6歳の私。その光景が浮かぶとき、鉄骨の隙間の空から、いつも同じ音楽が流れてくる。

 

 初めて通った幼稚園は大嫌いだった。家から遠かったので、家族が自転車で送り迎えをしてくれたはずだが、ある日、なぜかリードがはずれて後追いしてきた犬が車にひかれて怪我をした。その日から私は登園拒否をし、ほどなく歩いて通える近くの保育園に転園した。

 みかちゃんとはそこで仲良くなった。お昼寝は一枚のタオルケットに二人でくるまった。いつも一緒だった。鉄棒も、泥団子作りも、ジャングルジムも。

 卒園式が近づいた頃、みかちゃんは急にいなくなった。母に訊いても「わからない」と言うばかり。なぜみかちゃんの家に辿り着けたのかわからないが、たぶんしつこく訊いて誰かに教えてもらったのだと思う。

 

 みかちゃんに会えないまま、小学生になった。ずいぶんたって、みかちゃんが病気で亡くなっていたと知らされた。細長くて茶色の顔をしていたみかちゃん。畳に座ってじっと前をみつめていたお母さんも、同じ茶色の顔をしていた。

 

 それからも何度かみかちゃんの家に行った。お母さんの姿はなく、人が住んでいる気配も薄れていた。きっとどこかに引っ越してしまったのだろう。はじめて行ったあの日が、もしかしたら引っ越しの日だったのかもしれない。

 いまでも鉄塔の足もとに家を見かけると、そこには茶色い顔をしたみかちゃんとお母さんがいるような気がする。 

 

 ラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲(Variations on a theme by Corelli)」は、私にとってみかちゃんと鉄塔の曲だ。たまたまこの曲を聴いていたときにみかちゃんと鉄塔のことを考えていたのか、あるときからこの曲を聴くとみかちゃんを思い出し、鉄塔を見るとこの曲が頭に流れてくるようになった。音楽と記憶の連動はとても妙なものだ。

   

 ※ドイツやイギリスでは高圧送電線の近く(イギリスは60m以内)の住宅及び学校の建設が禁止されている。