声のこと①

◆オーセンティック・ヴォイスとは

 オーセンティック(authentic)とは「本物の」「真実の」という意味です。 ですからオーセンティック・ヴォイス(オーセンティックボイス)とは、「本物の声、本当の声、真実の声」といったところでしょうか。

 

 一言で言うなら「人の心にまっすぐに届き、自分自身によい作用を及ぼしていく」、そういう声のことです。



 「オーセンティック」に込めた深い意味

「オーセンティック・ヴォイス」という呼び方は、全ての人が持つ個性豊かな唯一無二の「真実の声」という意味を表すために私が作った、いわば造語です。

この言葉を初めて著書に記したときには、「本物の声」や「本当の声」という表現もしたのですが、「本物の」とか「本当の」では、作り声ではないという意味は伝わるものの、もの足りませんでした。

 なぜなら、「オーセンティック・ヴォイス」は作り声ではない声とか単なる地声、にとどまらないからです。作り声ではない、本物の、本当の声ではあっても、多くの人は自分の声を嫌っており(著書『8割の人は自分の声が嫌い』参照)、その声は人の心をあまり動かさず、自分自身もその声を出したり聞いたりすることによって心身が悪くなっていることすらあるのです。

 

「(作り声ではない)本物の、あるいは、本当の声」と「オーセンティック・ヴォイス」は何が違うの?

「本物の声、本当の声」と「オーセンティック・ヴォイス」――直訳すれば同じですが意味するところは大きく違います。

では何が違うのか? 

それは自分の「脳」が納得しているかどうか、です。

脳というと、ものを考えている「意識」のことだと思うかもしれません。しかし人間の意識領域はほんのわずか。私たちの脳は意識がアクセスできない無意識領域のほうが圧倒的に大きいのです。そして、自分の出す声が「オーセンティック・ヴォイス」かどうかを判断しているのは無意識領域の部分なのです。

 脳の中で生命活動を司るところは脳幹や間脳といった本能領域です。そこでは常に心身を正常な状態、つまり健康な状態にしようとし、その状態を保とうとする「生体恒常性維持機能」が働いています。

オーセンティック・ヴォイスは、この生体恒常性維持機能に適うものなのです 

 

生体恒常性って?

たとえば暑いとき、人間の身体は汗腺から汗を出して、その汗が蒸発するときに奪われる気化熱によって身体を冷ましますね。その機能がうまく働かず、体温が上がりすぎてしまうと熱中症になってしまうわけです。

走ったり階段を駆け上がったりすると、心臓の鼓動が早くなり、呼吸数も多くなります。それは筋肉にたくさんの血液を送るため、そしてその血液にたくさんの酸素を運ばせるために起こる働きです。走ったり駆け上がったりをやめると少しずつ鼓動は遅く、呼吸数も平常時と同じように戻っていきます。

こういった、心身を正常な状態に保つための身体の働きのことを生体恒常性維持機能というのです。

 生体恒常性はおもに自律神経系、内分泌系、免疫系から成っています。

健康な時には、これらは互いにバランスをとって働いています。しかしここになんらかのストレッサー(ストレスの元)が作用すると、バランスが崩れます。この状態は健康ではありません。

オーセンティック・ヴォイスは(身体的にいえば)心身を正常に保つように働く声です。

 

オーセンティック・ヴォイスは脳(の無意識領域)が納得する声

もうひとつ、非常に重要なことがあります。

発声というと、多くの人は喉のあたりで作られるものと思っていますよね。

もちろん、物理的な声のもとの音(声帯原音・喉頭原音)を作り出すところは声帯です。そしてそれを共鳴させて声にするのは声道と呼ばれる共鳴腔です。だから声の素質は、声帯の長さや厚さ、声道の形状などによってある程度は決まっていて、声を聴けば身長や体格、顔の形などがおおよそわかるものです。

しかし、それぞれの声に現れるもっとも重要な個性を作っているのは脳です。それも意識できる領域ではなく、無意識領域の膨大な情報の蓄積によって作られています。

ここではあまり詳しく触れませんが、その脳が納得する声、心身が健康な状態で出される声、無意識下で心身が喜ぶ声こそが、オーセンティック・ヴォイスなのです。

 

オーセンティック・ヴォイスで何が起こる?

自らのオーセンティック・ヴォイスを見つけだし定着させることができたなら、大げさでなく人生が変わります。

声を気持ちよく出すことができ、また聞いていて心地よい声。自分の声を好きになれば自分を肯定し信頼することができる。それは怖いものがなくなるということです。

人生にはいろいろなことが起こります。苦しみやトラブルのない人生なんてないし、嫌なことも失敗もたくさんある。でもそれらを解決し、乗り越え、失敗すらも愛おしいものとして生きていくことができたら、それはひとりの人間として最高の人生としていけるのではないでしょうか。

それを実現させてくれるのが、自分だけのかけがえのない宝物=オーセンティック・ヴォイスなのです。

 

嫌いな声はオーセンティック・ヴォイスではない

オーセンティック・ヴォイスは誰もが持っている、その人だけの個性豊かな声です。しかしほとんどの人は、この声を脳の奥深くにしまい込んだままなのですね。

でも確実にあるものなのですから、みつけ出してあげましょう。

あなたの心身はその時をじっと待っています。いや、「じっと」じゃないこともあります。「この作り声は嫌だよ、この声の出し方では心身が参ってしまうよ」と脳が我慢しきれなくなって心身の不調(多くは発声障害)として教えることもあるのです。

じゃあ発声障害じゃない人はみんなオーセンティック・ヴォイスを出せているのかといえば、残念ながらそうではありません。

私は約1万4千人に自分の声が好きかどうかの調査を行いました。その結果、自分の声が「嫌い」「どちらかといえば嫌い」が実に8を占めました。さらに、録音した自分の声を聞いてどう思うか?については、その人たちの9が嫌いだと答えました。

自分で聞いて「いやだ」「嫌いだ」と感じる声は自分にとってのオーセンティック・ヴォイスとは言えません。少なくとも、私が調査した日本人の方々のほとんどは、自身の持つ宝物であるオーセンティック・ヴォイスを見つけられていなかったのです。

 

オーセンティック・ヴォイスのみつけかた

ではどうやって見つければいいのでしょう。その方法は決して難しくありません。むしろ「えっそんなこと?」と思うほど簡単です。

それは『声を録音して聴く』こと。私がこの方法を広め始めたころには、「一生の宝を見つけるためのわずかな投資ですからICレコーダーを買いましょう」と言っていたものでした。今はスマホですぐに録音できるので、お手軽で便利。録音しない手はありませんよね。

 

さて、具体的に何を録音したらいいのか、どう聴いたらいいのかを説明します。

〈何を録音するか〉

家族や友達との会話、仕事中の会話など、さまざまな声が出ているシーンで一回につき10分ほど。

注意!:朗読や音読はダメ(少なくとも最初は)。「声を録音して聴いてください」というとまず本などを音読しようとする方が多いのですが、これはおすすめしません。朗読や音読では声を意識してしまうので、作り声になったり単調になったりしてしまいがちです。オーセンティック・ヴォイスを見つけるために録音する声は、まずは普段自分がいろんなシーンであまり意識せずに出している声から始めましょう。

〈どう聴くか〉

       録音に合わせて唱和したりせず、あくまで客観的に聴くこと。

       最初は自分の声を嫌だとか気持ち悪いとか感じることがほとんどです。その理由はおもに3つあります。

● 普段話しながら聴いている声は、骨伝導(骨導音)と空気伝導(気導音)の混ざったもの。一方、録音された声は空気伝導のみの音なので、聴き慣れないため「自分の声ではないように」感じます。たいていは自分が思っていたよりも上ずっていたり薄っぺらい声に聞こえます。

● 声にはそのときの思いや感情が出てしまっています。話しているときには気づかなくても、客観的に聴くことで気づくかもしれません。これは図らずも自分と向き合うことであり、それによって恥ずかしさやきまり悪さを感じるのです

● 声は自分を映すものです。自分自身に否定感情を持っている人、自己肯定感が低い人、自分に自信が持てない人は、声という生々しい自分が出てしまっている音を聞くことに嫌悪を感じる傾向があります。自分の声の「音」そのものを嫌いと感じている場合もありますね。

 

客観的に聴いてみると、「どうしてこんなことを言ったんだろう」「ここは媚びていて嫌な感じ」「不機嫌になっているのがみえみえ」など言葉やそこに出ている感情を、どうしても「理性で」分析しようとします。これは一つの段階なので、好きなだけ分析してください。

「あの」「その」「えーと」が多いとか、もごもごしているといった、話し方の欠点やクセにも気が付きますし、気がつけば自分で修正していけるものです。

話し方においては実は「自分で修正していける」ということが最も強力で近道なんですよ。

 さて自分の声を聴いて、存分に嫌だなと思ったり、分析して落ち込んだりしたら、「理性」を使うのはここでおしまい。

今度は「声そのものの音」にフォーカスして、言葉も話し方も関係なく聴きます。ここでは力を抜いてものを考えないようにして、ひたすら音を聴くんです

何回か聴いていると、どこかに「あれ、この声好き」「ここいいな」と思える音が見つかるようになります。それがオーセンティック・ヴォイスです。

それはまだ「欠片」かもしれませんが、それを何度も聴いて「聴覚(=脳)」に覚えさせることで定着し、いずれ使いこなせるようになります。

 

「この声は好き、いいな」と感じた時。そのとき脳では脳深部、生命の維持や本能的な情動を司る間脳や大脳辺縁系という部位が働いています。心の底から湧き上がるように自分の声が好きだと思えたとき、脳深部から神経伝達物質が産生され、それが身体をめぐり心身を正常な状態に整えるわけです。

こんなふうに、オーセンティック・ヴォイスを見つけ出す基本的な方法はとても簡単です。いろんな場面での自分の声を録音して、よく聴くだけ。

この世から去る瞬間まで、あなたとともにある声。一生を通じて最もたくさん聞く声。その声をオーセンティックなものにして人生の味方にしましょう。

 

 

                                             

〈追記〉

 当初(2014年)は方法についてもう少し詳細を書いていましたが、一部誤解をしたり我流で取り入れて間違った方法に気付かずに生徒さんに教えてしまうようなトレーナーの方が見受けられたため、一旦削除しました。

声は出し方や使い方を学んでうまく付き合っていければ本当に心強い味方になりますし、一生を通して素晴らしい宝になるものです。しかし、逆に間違った出し方を続ければ必ず悪影響が生じます。ときには心身に大きな負担を強いてしまうこともあるので注意が必要なのです。

 

近日中に、どなたでも確実にできるように方法論をお伝えし、自由に閲覧し、質問をお受けできるような場を開設できたらと考えています。